amazarashiが2022年6月30日に
新曲「カシオピア係留所」をリリースしました。
これは漫画”チ。”との往復書簡プロジェクトの第2弾の楽曲で
第1弾ではamazarashiの「1.0」が起用されています。
今回はamazarashiの新曲
「カシオピア係留所」の歌詞の意味を考察していきます。
ぜひ最後までお読みください(^^)
漫画”チ。”との往復書簡プロジェクト第2弾「カシオピア係留所」を6月30日にリリース!
漫画”チ。”は地動説をテーマにしたストーリーで
2020年からビッグコミックスピリッツで
連載中の魚豊(うおと)さんによる青年漫画です。
今回はamazarashiのボーカル秋田ひろむさんも
この漫画のストーリーに沿った楽曲を作ろうと
最初は試みたようです。
しかし、漫画のあまりにも壮大すぎるスケールに
ストーリーに沿った曲を作るのは無理だと思った
とインタビューで話しています。
そこで、ひろむさんが見つけた
漫画”チ。”とamazarashiの共通点、、、
それは「創作に対する覚悟や執念」です。
この点に関してなら同じ土俵でやりあえると思ったのでしょう。
今回の楽曲制作において
ひろむさんはこの感情を「痛み」と仮定しました。
amazarashiには現在海外にも多数のファンがいます。
海外のファンともこのような感情「痛み」を通してであれば
もしかしたら分かり合えるのではないか?と
ひろむさんは考えたようですね。
光と影に喩えた感情とは?好奇心の反対には何がある?
それでは早速歌詞を見ていきましょう!
生後間もない詩を引き連れて
桑の枝に旋律を括り付け
制服の丈に似合わない
言葉らを鞄に忍ばせて
カシオピア係留所の灯りの下
生後間もない詩というのは
出来たばかりの曲という意味ですね。
そんな生まれたてほやほやの曲の旋律を
桑の枝に結びつけます。
ここで出てくるのはなぜ他の植物ではなく桑なのでしょうか?
桑の花言葉には「彼女の全てが好き」「ともに死のう」
などがありますが、
ひろむさんはこの幸せなようで辛い残酷な感情を
桑という植物を使って表現したのかもしれません。
制服の丈に合わないとあることから
この歌詞に出てくる主人公は学生のようですね。
しかしそこから発される言葉(感情)は
身の丈に合わないもので鞄の中に
ひっそりを隠し持っています。
逃れられない君の影の常に逆に
進むべき光
生まれながらに記されてた
足元にある宇宙の影絵
カシオピア係留所の灯りの下
当たり前のことですが
影の反対にはそれを作り出す光があります。
光が自分の進むべき道だとしたら
そこから逃げたい自分は影の方向
つまり光とは反対方向にいるわけですね。
この自分自身の影を「宇宙の影絵」と表現しているのは
その影を作り出している光が
宇宙から来てるからですね。
つまり生まれた時から空には宇宙があるように
生まれた時から自分の進むべき道は決まっていて
そこから逃げ出そうとする自分(影)がいるのも
必然であるといいます。
秘めた意志 急かす未知
受け取って渡すこと
身を焦がした
この好奇心が身を滅ぼすと
知ったとしても
心の中に秘められた意志が
未来を待ちきれずにいます。
この部分は人であればみんなが持っている
「好奇心」のことを言っているようですね。
そしてそのワクワクをくれた好奇心は
いつかは自分を苦しめることになります。
これがひろむさんがこの曲の中で表現したかった
「痛み」なのかもしれません。
自分の好奇心こそが自分を苦しめることになると。
消えたりしなくて どうせ灰になるなら
いっそ書きとめて
深く沈める 冷たくなる
胸の奥の方 胸の奥の方
この世にあるほとんどのものが
成し遂げた奴らの血の跡だとしたら
この痛みだけは彼らと似ている
躊躇せず それを書き足せ
その痛みは共通言語だ
私たちは死んだ後もどこかに消えてしまうわけではなく
燃やされて灰になります。
今感じている痛みも消えずに灰になるんだとしたら
いっそのこと歌にして残したい。
これはひろむさん自身の創作に対する執念のようです。
この世にあるほとんどのものが〜という部分は
今私たちが使っている文明の利器は
ほとんどが過去の人々の財産であるということですね。
”チ。”の作者である魚豊さんが以前インタビューで
スマホのことをこのように言っていたのに衝撃を受け
ひろむさんは今回このような歌詞を書いたといいます。
そして過去の人々も今を生きる私たちも
その時に感じた痛みは共通である。
これはamazarashiの詩を書くひろむさんと
”チ。”の作者である魚豊さんとの共通点でもある
という風に受け取ることができますね。
人生は良くも悪くも自分次第。本当は、の後に隠された意図とは?
夜空を塞ぐ星座に睨まれて
大きなものの一部だと悟った
だけど迷い、選ぶ意志は
自分の中にあると知って
カシオピア係留所の灯りの下
大空に埋め尽くされた星座を見て
自分も結局は社会の歯車の一部であり
大勢いるうちの1人にすぎないのだと気づきます。
しかし、自分の人生をどうするのか
どのように生きていくのかは
すべて自分次第、自分で決めることができるのです。
届かないならそれでいい
果たせないことが辛いよ
願うことも吹き消したとき
訪れた闇
でも本当は
目標地点に届かなくてもいいのです。
しかし途中で諦めてしまい
最後までやり遂げられなかったとき
その選択はいつしか後悔となります。
そして自分の夢に対して願うこともやめてしまったら
その人生は闇となり、もう前も後ろも見えません。
この「でも本当は」の後には
一体どのような意図が省略されているのでしょうか。
「でも本当は闇から抜け出すこともできる」なのか
「でも本当は闇なんてないのかもしれない」なのか
さまざまな解釈の仕方がありますよね。
自分の人生をどのようなものにしたいかを想像しながら
この歌詞を続きを考えてみるといいかもしれないです。
消えたりしなくて どうせ灰になるなら
いっそ書きとめて
深く沈める 冷たくなる
胸の奥の方 胸の奥の方
長い旅路 多くの涙と
苦悩の果てに やっと見つけた
原型も時に 容易く盗まれて
痛てえと笑い それを書き足せ
その痛みは共通言語だ
サビの前半部分は1番と同じですね。
後半部分では人生における苦労が歌われています。
人生はとても長い旅路のようで
多くの涙や苦悩はあって当たり前のもの。
自分の本当にやりたいことがなんなのかも
忘れてしまいがちですがそんな時の感情も
曲にしていきたい、というひろむさんの
思いが込められているように感じます。
過去の財産のように現在もいつかは過去になる。秋田ひろむの衝撃の一言とは?
それはまだ空が語る以前の
願いたちが残した書置き
痛みの堆積が歴史だ
それが僕らの最初の武器
カシオピア係留所の灯りの下
「空が語る」という表現は
漫画”チ。”の地動説の話にかけているのかもしれません。
空が語るというのは天動説が語られる前
つまりはこの漫画の舞台となっている
過去を示している、と解釈できます。
そのころの人々の覚悟や執着(痛み)が財産となり
現在も語り継がれています。
当時の人々のおかげで今の私たちの
「当然」があり「知識」があるのです。
息を止めないで どうせ灰になるなら
いっそ燃やして
駆動する鼓動 残さず遺す
胸の奥の方 胸の奥の方
この世にあるほとんどのものが
成し遂げた奴らの血の跡としたら
それに立つこの言葉は
過去の誰とも違う
自惚れて それを書き足せ
その痛みは共通言語だ
最後のサビの部分は
amazarashi特有の言葉の使い方や
テンポ感が特徴的ですね。
今ここにあるものが過去の財産だとしたら
その先にある言葉は過去にはなかったものであり
今新しく生み出されたものだといいます。
だから自惚れろと、
普通はこんな歌詞出てこないですよね。笑
でも実際にひろむさんは
”チ。”を読んだ過去と
魚豊さんへのインタビューをした過去から
新しい言葉を紡いでこんなに素晴らしい曲を
完成させてしまったのです。
「カシオピア係留所」は過去の財産をもとに秋田ひろむが作り上げた名曲だった!
今回はamazarashiの「カシオピア係留所」の
歌詞の意味を考察してきました。
自分は他の人のように素晴らしい人生は送れないけど
「痛み」という感情は共感できる
という思いからできたこちらの楽曲。
そんな曲を書いているうちに
とんでもなく素晴らしい名曲ができてしまったのです。
最後まで読んでいただきありがとうございました(^^)
往復書簡プロジェクト第1弾「1.0」はこちら↓
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